ホッと空の物語-16 いざ英仏海峡へ

全国的な地下鉄、上下水道、地下河川、道路建設などの事業を受けてトンネル掘削機の業績は各社ともに急な上昇カーブを描き始め、視線は海外に向き始めた。わが社が最も積極的で1985年にはフランスのFCB社にシールド掘進機の技術供与を行った。そしてリール地下鉄用泥水シールド(Lot8:第8工区)工事を受注し、泥水輸送設備、処理プラントも欧州で設計…
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ホッと空の物語‐15 国産TBMの開発

国産TBMの開発 入社9年目の昭和56年(1981)に、硬岩用のトンネル掘削機(TBM)開発の打診があった。石油ショック後で、新エネルギー財団を中心に、全国に多数の小水力発電所を作ることを目指した。その導水路用トンネル掘削機である。開発資金は国費で直径は1.8~2.0mφで、岩も土砂も掘れる機械とある。ドイツでTBMの研修を受けてきた…
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ホッと空の物語-13 驚愕の独製硬岩TBM

ビルト社ではTBMを製作している工程を追いながら、輸入後の運転、メンテナンスをスムーズに行うために、研修を受けた。毎日、講義と現場実習である。自身の会社では、TBM事業は開店休業状態だったので、製品への関心はあまりなかったが、彼らの基礎技術には大いに興味があった。ビルト社は規模としては中クラスであるが、技術レベルは非常に高く感じ…
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ホッと空の物語-12 欧州への留学

欧州への留学 昭和53年(1978)、29歳の時に幼少から憧れていたドイツに2ヶ月の予定で行くことになった。 盆休みの前日、十数頁のカタログを3冊渡されて休みの間に読んで来いと指示された。独語である。読めるわけはなかったが帰省を取り止めて何とか2ページ程訳した。たったこれだけかと叱られたが、すぐにパスポートを取れと言う。他の人…
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ホッと空の物語-11 TBM技術者としてスタート

大学の研究内容にあまり興味を持てなかったので、就職を選んだ。1972年で就職は比較的希望がかなう時代だった。重工関係の会社に入社して、土木機械課に配属された。シールドやTBMのトンネル掘削機の設計部門で20名程の小部隊で創設は1963年と歴史の浅い部門だった。 最初は米国のライセンスを基に国産化した硬岩用TBMに関わった。その他に小型…
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ホッと空の物語-1

瞬きのはじめ  ゴロリと横になると、芝生の匂いが心地良い。今日の陽射しは北フランスの古都リールの11月初旬にしては暖かい。空に北北東に向かって飛行機雲ができている。あの高度なら日本行だろう。俺はいつ乗れるのだろうか。とても不安になった。 ドーバー海峡トンネル用掘削機(TBM)の受注競争が始まった1986年のことである。 瞬きを…
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ホッと空の物語を始めました

百万人の赤ちゃんが生まれれば百万の人生がある。 私の人生は1949年に日本の210万の一個としてスタートした。 人が時代を変えるのか、時代が人を育てるのかは知らないが、何人も社会の潮流から大きく外れることはできない。それでも一つのうねりの始まりから終わりまで見届けられたら幸せである。他人にはどんなに小さなうねりでも、素晴しい。いつも…
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