ホッと空の物語27‐海峡のモグラ-出直しの設計ブックを携えて

MCSの実験は三分の一の縮尺規模で、日本で行うことになった。試料はフランスから約40トンのチョークを取り寄せる事にした。この時にチョークには上部からホワイト、グレー、ブルーの三種がある事を知った。仏側立抗にはブルーは出現しないのでグレーで試験を行う事にした。3月には開始する予定とした。 改めてTMCの仏文要求仕様書をきちっと和訳して読…
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ホッと空の物語26‐海峡のモグラ 執念の直訴

12月10日(水)午前、TMCのフィルマン、ゴルティエに春日、R.Sato、滝川らと会った。 春日:ようやくお会いすることができました。FCBと協働しており、前面には出ていませんが技術者を派遣していました。 フィルマン:近藤が来ているのは知っていた。彼のMCSの話しは聞いたが遅すぎると思う。試験をして全てが明らかになっていれば別…
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ホッと空の物語25‐海峡のモグラ FCBのおもい

12月08日(月)、春日技術部長が来仏。ロリドンと経緯の総括をした。 こちらから「TMCの件はFCBにとっても、KHIにとっても重要である。相手のロビンスには小杉がついている。その上DHIにも出られたら、我々の日本国内事業に影響が出る。FCBは大丈夫と思っていたが残念である」と問うと、ロリドンは悔しさと怒りを押し殺しながら、「決って…
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ホッと空の物語24‐海峡のモグラ かすかな希望?

12月3日に、TMCからスクリューコンベア(SC)の実験をしているので見に来ないかと連絡があった。場所はカレー市のすぐ南東の発進縦抗が構築される予定のサンガット近郊である。TMCに会う最初で最後のチャンスと出かけたが、応札参加者の一人として、公平感を出すために呼ばれたのであって、我々は明らかに邪魔者扱いであった。 ただ何人かのTMC…
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ホッと空の物語-23 海峡のモグラ‐反撃の新技術

どんな展開になったとしても、今は新型SCのコンセプト(基本的考え)をしっかり固め、質問に応えられ、効能を説明できるように理論武装することが重要であると考えた。 SCは長くすれば、それに比例して耐水圧性能が上がる。しかし、TBMの寸法を大幅に超えて長くはできない。ここに耐圧の限界がある。そして大気圧下での運転は無駄な動力を使わないために…
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ホッと空の物語-22 海峡のモグラ‐T4も敗色濃厚に

10月31日(金)になって、T1の結果が判然としない中、FCBがT4のオッファはしないと言い出した。どうもTMCより土圧式でのオッファを求められたようである。 新型SCはまだ単なるアイデアの段階である上、土圧式シールドを良く知らないFCBの判断はやむなしと思われた。 なぜこうなったのか? 元の要求は泥水式である、これは先頭を走ってい…
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ホッと空の物語-21 海峡のモグラ‐T1の敗退

受注近し、と打電した翌日の14日に不安な情報がもたらされた。ウルパイン氏よりR.Satoへ電話があって「DHIはニューアイデアのダブリュスクリュー(W/SC)排土の土圧式である、泥水式のFCBは必ずしも安泰では無い」と連絡が入った。 DHIは耐圧性能を上げるため、長いスクリューを直列に2台接続した(W/SC)シールドであった。このアイ…
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ホッと空の物語-20 海峡のモグラ‐北フランスの生活

1986年10月5日(日)から長い受注のドラマが始まった。  それを暗示する出来事が出発日に起こった。夕方パリCHD空港に着いたが予定の迎えの人が一向に来ない。各到着便も終わって空港も閑散としてきた。日本航空のスチュワーデスの一人が「どうかしましたか、迎えがいないなら一緒にホテル日航に行きませんか」と誘ってくれたが、強がりから断ってし…
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ホッと空の物語‐19 海峡のモグラ-仏企業と共に

1986年の7月にTBM各社は技術仕様書と見積書を提出した。我陣営は、陸上側、海峡側共にTMCの要求仕様どおり、泥水式で応札した。日本勢の他社は海陸共に新型スクリューコンベア(SC)を採用した土圧式、米国ロビンスもスクリューコンベアの後部に新鋭の耐圧装置を装着した土圧式とのことであった。 TMCによるヒアリングの後、9月になって、最初…
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ホッと空の物語‐18 海峡のモグラ-ドラマのスター達

10月になって、各社の技術評価、質疑応答が始まった。 ドラマが開演した。 出演者は以下の通り。 TMC(トランスマンシュコンストラクション):フランス側施工業者の企業体(JV) マルタン:TMCの社長。泥水推進派。純朴鷹揚なジェントルマン。 フィルマン:TMC技術担当、出身は仏最大ゼネコンのブイグ社のTBM設計部長。 アラ…
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ホッと空の物語‐17 英仏海峡トンネルの構造

英仏海峡は英国名はドーバー海峡、仏名はアングロフレンチ海峡または単にラ・マンシュと言う。地層は繋がっていて、海峡は上部のホワイトチョーク層を掻きとった感じで形成されている。各地層の色は読んで字の通りである。掻き取られた岸壁はホワイトチョークの断面なので、まさに白い。両岸は同じだが仏側は北に面し日陰であるので、南を向いた英国側が輝いている…
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ホッと空の物語-16 いざ英仏海峡へ

全国的な地下鉄、上下水道、地下河川、道路建設などの事業を受けてトンネル掘削機の業績は各社ともに急な上昇カーブを描き始め、視線は海外に向き始めた。わが社が最も積極的で1985年にはフランスのFCB社にシールド掘進機の技術供与を行った。そしてリール地下鉄用泥水シールド(Lot8:第8工区)工事を受注し、泥水輸送設備、処理プラントも欧州で設計…
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ホッと空の物語‐15 国産TBMの開発

国産TBMの開発 入社9年目の昭和56年(1981)に、硬岩用のトンネル掘削機(TBM)開発の打診があった。石油ショック後で、新エネルギー財団を中心に、全国に多数の小水力発電所を作ることを目指した。その導水路用トンネル掘削機である。開発資金は国費で直径は1.8~2.0mφで、岩も土砂も掘れる機械とある。ドイツでTBMの研修を受けてきた…
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ホッと空の物語-14 新しい家庭

入社してしばらくすると、父が盛んに見合いの話を持ってきた。皆郷里の人であった。遠くの娘をもらうと帰ってこないと心配してのことである。盆、正月やゴールデンウイークに帰省する毎に見合いをさされた。 見合い相手何人目かの妻とは会った時にすぐ決心した。年末に会って、翌年2月には婚約し、5月3日に式を挙げた。昭和50年のことで私が26歳で妻が2…
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ホッと空の物語-13 驚愕の独製硬岩TBM

ビルト社ではTBMを製作している工程を追いながら、輸入後の運転、メンテナンスをスムーズに行うために、研修を受けた。毎日、講義と現場実習である。自身の会社では、TBM事業は開店休業状態だったので、製品への関心はあまりなかったが、彼らの基礎技術には大いに興味があった。ビルト社は規模としては中クラスであるが、技術レベルは非常に高く感じ…
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ホッと空の物語-12 欧州への留学

欧州への留学 昭和53年(1978)、29歳の時に幼少から憧れていたドイツに2ヶ月の予定で行くことになった。 盆休みの前日、十数頁のカタログを3冊渡されて休みの間に読んで来いと指示された。独語である。読めるわけはなかったが帰省を取り止めて何とか2ページ程訳した。たったこれだけかと叱られたが、すぐにパスポートを取れと言う。他の人…
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ホッと空の物語-11 TBM技術者としてスタート

大学の研究内容にあまり興味を持てなかったので、就職を選んだ。1972年で就職は比較的希望がかなう時代だった。重工関係の会社に入社して、土木機械課に配属された。シールドやTBMのトンネル掘削機の設計部門で20名程の小部隊で創設は1963年と歴史の浅い部門だった。 最初は米国のライセンスを基に国産化した硬岩用TBMに関わった。その他に小型…
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ホッと空の物語‐10 父母の記憶

姓は母方のものである。家紋は「丸に三つ橘」である。 ご先祖様として、お寺の過去帳に記名されている籐兵衛は、関が原合戦(西暦1600年)の頃に生まれ、1615年の大阪夏の陣頃に少年時代を過ごした人である。 江戸時代から苗字帯刀が許されたそこそこの地主であった。 母、智恵子は大正6年(1917年)生まれで一人っ子である。母の母ヒサも一…
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ホッと空の物語‐9 少年の思いー2

ホッと空の物語‐9 少年の思いー2(改)          憧れの高松高校に入った。合格発表と同時に呼び出しがかかり、入学日までの課題学習の指示があった。古文の課題として「徒然草」の読破、文章読解力の強化として笠信太郎の「物の見方」を精読して、要約・感想文を作ることであった。これは何度も読み直してノート1冊にまとめた。英独仏の民族…
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ホッと空の物語ー8 少年の思い-1

小学四年生の特、戦艦大和の模型を作った。粘土で船型を作り、それに習字の紙を何枚ものりで重ね張りして形を作った。甲板、艦橋、大砲は木で作った。電池とモーター、スクリューをセットして、重心を調整する。紙の船体に油性ペンキを塗って完成である。舵の角度を少しずつ変えながら大きな円を描くように池で走らせて遊んだ。壮観であった。艦長の山本五十六の気…
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