ホッと空の物語79‐思い出の街‐ベネルクス、東欧、イベリア

2017年が最後となるが、訪問した国と地域は33か所で訪問都市は150か所となる。その都度、紀行文を残してしておいた。訪問した時期はずいぶんと以前であり、その後は環境が大きく変化しているので、今は必ずしも当てはまらない部分もあるが、その時代の思い出として記しておきたい。今回は欧州方面である。 ルクセンブルグとリヒテンシュタイン …
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ホッと空の物語78‐コペンハーゲン環状地下鉄

デンマークはグリーンランドを除くとドイツのハンブルグ北方のユトランド半島とその東のフェン島、さらに東のシェラン島(英名:ジーランド)と多数の島からなる王国で面積は九州程度で人口は600万に満たない国である。首都はコペンハーゲンでシェラン島の東端にあり、その向こうのオレスンドという海峡(英名;エ―レ海峡)の対岸はスエーデンのマルメ市…
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ホッと空の物語77‐SELIとローマ

カナダのLovat社との関係が終わって、欧米との繋がりが無くなり、世界の技術動向もわからない不安があった。2009年になってイタリアのSELI社から協働の話をするため会いたいと一通のメールが来た。SELIの名前はサンパウロ案件でヘレンクネヒトと戦っている時、施工社としてノミネートされていたので知っていた。またベトナムで工事を施工していた…
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ホッと空の物語76‐ヒューマントラブル -2

日本は治安が非常に良い。この感覚で国外に出ると思いがけない危険に遭う。 問題発生は街中が多い。列車、地下鉄などでの移動も気が抜けない。ひとり旅だとトイレにも安心して行けない。その点、航空機の場合はある程度安心できる。空港でチェックインを済ませれば、一応はセキュリティのガード内に入ったことになる。そして搭乗して飛び立てばもうすっかり安堵…
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ホッと空の物語75‐ヒューマントラブル -1

日本は治安が非常に良い。この感覚で国外に出ると思いがけない危険に遭遇する。 TBMの研修にドイツのビルト社に滞在したころ(1978年)は、ロンドンがもっとも治安が悪い街で、かなり危険な目に遭った。ローマもかなり悪い都市であった。そしてフランスのパリは比較的良い方であった。しかしその後ロンドンは鉄の女性宰相サッチャー氏の登場で劇的に…
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ホッと空の物語74‐マシントラブル

トンネル掘削機は案件毎の受注製品で、納入、施工終了までに様々なトラブルが発生する。機械の大きさに関係なく、油圧、電気、CPなどを組み合わせた複雑な技術システムであり、使用場所は大きな地圧力の働く地中なので、思いがけない問題が起こる。 そして工法の特性として掘削を開始すれば後戻りはできないのでトラブルによってはトンネルを貫通できないとい…
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ホッと空の物語73‐世界の宗教 in シンガポール

日本人は宗教についてあまり関心を持っていないが、世界ではどの宗派に属しているかは国籍やそれ以上に重要な事である。西暦はキリスト教の年代を基準としてカウントしている。令和二年はA.D.(Anno Domini =主の年)2020年となる。ユダヤ暦では5780年または81年である。イスラム暦(A.H.)では1441年あるいは42年となる。日…
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ホッと空の物語72‐世界の料理‐アジア

外国で楽しみの一つは食事である。嫌な事があっても旨い物に出会うと「いい国だなー」と思う。 西洋料理の代表はフランス料理だろう。これにトマトやオリーブオイルで味付けすればイタリアンに、魚貝を加えるとスペインになる。豚肉やポテトを主力にすればドイツである。アジア料理も中華、インド、タイ、日本と味も食材も料理法も非常に幅広い。しかし西洋料…
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ホッと空の物語71‐世界の料理‐西洋

 外国を旅する楽しみは、景色、街、人物、歴史建造物と共に、食事である。移動中や街中で多少いやなことがあっても美味しい物にありつけると「いい国だなー」と思うことができる。美味しいという感覚は単に舌の味覚だけではなく、衛生、食材の安全、生活の安全、気楽さと良い緊張感、妥当な代価など多くの要素が満たされて成り立つ。1985年から20年間、世界…
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ホッと空の物語70‐ガリバーの登場と背景

シールド・TBMは経験工学的要素が強いので新規参入は難しいと言われていた。実際、日本の大企業が後発ながら取り組んだがうまくいかなかった。しかしそんな通説を覆す企業がドイツに現れた。1990年過ぎに躍進を始め、見る見るうちにガリバー化した。マーチン・ヘレンクネヒト氏が創業したHerrenknecht(HK)社である。初めは小口径の押管機と…
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ホッと空の物語69‐TBMメーカーの興亡-存廃の分岐点

1970年代は日本国内に大手8社、中小50社といわれるシールドメーカーがあり、日本の生産基数が世界の生産基数と言ってもよい状況だった。海外には硬岩TBMを主力とする会社が独米にあった。彼らにはシールド技術は無く小規模であったが、高度技術を誇っていた。1990年になってシールドTBM業界は世界的な活況を呈したが、2015年の段階では国内は…
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ホッと空の物語66‐トンネル掘削機の能力/大きさ

シールド・硬岩TBMは誕生してから進化を続けている。これまでの歴史を振り返ると個人的には、現在は第三世代の後半と言うところかと思う。この先技術レベルが高度化しニーズの次元が変わると、どこまで行くか興味が尽きない。まず基本的な課題として、どのくらい早く掘れるか、どこまで深く掘れるか、どこまで長く掘れるか、どれほど大きく出来るか、どのような…
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ホッと空の物語65‐トンネル掘削機の能力/速度

シールド・硬岩TBMは誕生してから進化を続けている。これまでの歴史を振り返ると個人的には、現在は第三世代の後半と言うところかと思う。この先技術レベルが高度化しニーズの次元が変わると、どこまで行くか興味が尽きない。その中で基本的な課題として、どのくらい早く掘れるか、どこまで深く掘れるか、どこまで長く掘れるか、どれほど大きく出来るか、どのよ…
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ホッと空の物語64‐TBMオリンピック ロンドンCTRL‐2

CTRLプロジェクトはドーバー以後10年振りの大型案件だった。欧州ではシールド工法が見直され活発に採用されていた。我々はここまでに英国に実績を築いていたので地歩をより固める事が出来る、部門の人材も若返っているので海外活動を継承する事も出来ると期待した。しかし、英国内も足元も大きな環境変化が始まっていて、加えて技術面でも様々なトラブルが起…
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ホッと空の物語63‐TBMオリンピック ロンドンCTRL‐1

第30回オリンピックは2005年にロンドンに決まり2012年に開催された。これに先立つ2002年から2003年にかけてTBMのオリンピックとも言うべきプロジェクトが英国に在った。CTRL(Channel Tunnel Rail Link) と言う。英仏両国はユーロトンネルの開業に合わせて高速鉄道路線を整備することになっていた。フランスは…
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ホッと空の物語62‐魅惑星インド

インド大陸はユーラシア大陸とは別なもので、遠くから流れ着いたと言われる。同じように人も社会も異なる惑星から来たのではないかとの印象を受けた。この国に対しては嫌う人と、好きな人の差が激しいと聞く。私には測り知れない興味と不思議な魅力がある。 インドの国土は日本の8.7倍で人口は約10倍である。しかしGDPは30%足らずなので、単純比較で…
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ホッと空の物語61‐中国紀行

 56才になると役職定年となり実務ラインから退く。2006年のことで、社内業務の他に関連会社MCLの専務の肩書をもらった。中小ゼネコンと共同で設立した小口径の推進機を扱う会社で、KHIが製造する。精緻な方向制御機構と新開発の自走ロボット式測量技術が自慢で、経営的には優良企業だった。月に一度の役員会に出席するのが職務で無報酬である。そし…
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ホッと空の物語60‐ドーバートンネル後の世界情勢

1991年に英仏海峡プロジェクトが終了した後、硬岩用TBMはテイクオフ期を迎えていた。シールドは1992年に東京湾横断道路用14.14mφ泥水シールドを3基受注し、また着脱式三連シールドも開発受注した。海外でも1991年にプサン下水の硬岩シールドを始めロンドン地下鉄用シールド、中国 広州地下鉄シールドを受注するなど、売り上げ的にも増大期…
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ホッと空の物語59‐オープンTBMよ もう一度

長年シールド掘進機の開発、製造に携わってきたが、やはり硬岩用TBMのことは気になっていた。そもそも入社したのはこの部隊であったし、何より機械装置としてはるかに高度なものである。そしていつか硬岩TBM、それもオープン型TBMを自ら設計製作してみたいという思いは募っていた。何とか基礎技術力を構築したいと考え続けていた。 硬岩TBM…
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ホッと空の物語58‐硬岩用トンネル掘削機のテイクオフ

軟弱土用シールド掘進機は泥水式、土圧式の開発により、1990年台までは日本が世界を席巻した。しかし硬岩TBMは、まだ欧米が圧倒的であった。ドーバー終了後の海外での営業活動はTBM分野では完膚無きまでの敗北であった。ただドーバーで二つの技術が交差し新しい風が生まれてきた。ロビンスのディックが、「あなた方は一度覗いた技術は消化して強力な武…
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