ホッと空の物語68‐トンネル掘削機の能力/かたち

シールド・硬岩TBMは誕生後も絶えず進化を続けている。これまでの歴史を振り返ると、現在は第三世代の後半と言うところかと思う。この先、周辺技術が高度化しニーズの次元が変わると、どのような姿になるか興味が尽きない。まず基本的な疑問として、どのくらい早く掘れるか、どこまで深く掘れるか、どこまで長く掘れるか、どれほど大きく出来るか、どのような形…
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ホッと空の物語67‐トンネル掘削機の能力/深さと長さ

シールド・硬岩TBMは誕生後も絶えず進化を続けている。これまでの歴史を振り返ると、現在は第三世代の後半と言うところかと思う。この先、周辺技術が高度化したりニーズの次元が変わると、どのような姿になるか興味が尽きない。まず基本的な疑問として、どのくらい早く掘れるか、どこまで深く掘れるか、どこまで長く掘れるか、どれほど大きく出来るか、どのよう…
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ホッと空の物語66‐トンネル掘削機の能力/大きさ

シールド・硬岩TBMは誕生してから進化を続けている。これまでの歴史を振り返ると個人的には、現在は第三世代の後半と言うところかと思う。この先技術レベルが高度化しニーズの次元が変わると、どこまで行くか興味が尽きない。まず基本的な課題として、どのくらい早く掘れるか、どこまで深く掘れるか、どこまで長く掘れるか、どれほど大きく出来るか、どのような…
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ホッと空の物語65‐トンネル掘削機の能力/速度

シールド・硬岩TBMは誕生してから進化を続けている。これまでの歴史を振り返ると個人的には、現在は第三世代の後半と言うところかと思う。この先技術レベルが高度化しニーズの次元が変わると、どこまで行くか興味が尽きない。その中で基本的な課題として、どのくらい早く掘れるか、どこまで深く掘れるか、どこまで長く掘れるか、どれほど大きく出来るか、どのよ…
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ホッと空の物語64‐TBMオリンピック ロンドンCTRL‐2

CTRLプロジェクトはドーバー以後10年振りの大型案件だった。欧州ではシールド工法が見直され活発に採用されていた。我々はここまでに英国に実績を築いていたので地歩をより固める事が出来る、部門の人材も若返っているので海外活動を継承する事も出来ると期待した。しかし、英国内も足元も大きな環境変化が始まっていて、加えて技術面でも様々なトラブルが起…
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ホッと空の物語63‐TBMオリンピック ロンドンCTRL‐1

第30回オリンピックは2005年にロンドンに決まり2012年に開催された。これに先立つ2002年から2003年にかけてTBMのオリンピックとも言うべきプロジェクトが英国に在った。CTRL(Channel Tunnel Rail Link) と言う。英仏両国はユーロトンネルの開業に合わせて高速鉄道路線を整備することになっていた。フランスは…
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ホッと空の物語62‐魅惑星インド

インド大陸はユーラシア大陸とは別なもので、遠くから流れ着いたと言われる。同じように人も社会も異なる惑星から来たのではないかとの印象を受けた。この国に対しては嫌う人と、好きな人の差が激しいと聞く。私には測り知れない興味と不思議な魅力がある。 インドの国土は日本の8.7倍で人口は約10倍である。しかしGDPは30%足らずなので、単純比較で…
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ホッと空の物語61‐中国紀行

 56才になると役職定年となり実務ラインから退く。2006年のことで、社内業務の他に関連会社MCLの専務の肩書をもらった。中小ゼネコンと共同で設立した小口径の推進機を扱う会社で、KHIが製造して方向制御機構と新開発の自走ロボット式測量技術が自慢で、経営的には優良企業だった。月に一度の役員会に出席するのが職務で無報酬である。そして毎年9…
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ホッと空の物語60‐ドーバートンネル後の世界情勢

1991年に英仏海峡プロジェクトが終了した後、硬岩用TBMはテイクオフ期を迎えていた。シールドは1992年に東京湾横断道路用14.14mφ泥水シールドを3基受注し、また着脱式三連シールドも開発受注した。海外でも1991年にプサン下水の硬岩シールドを始めロンドン地下鉄用シールド、中国 広州地下鉄シールドを受注するなど、売り上げ的にも増大期…
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ホッと空の物語59‐オープンTBMよ もう一度

硬岩TBMのコア技術はローラーカッター(DRC)と大容量ドライブユニット(電動機、減速機)である。DRCは17インチ、19インチについてMMC社と共同開発を行った。競合会社のグループ企業なので強い社内反対が有ったが、巨大な一流企業でないと追い付けないと信じたし、MMCの開発担当者とは同じ夢を見て協力しあうことに一致した。ドライブユニット…
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ホッと空の物語58‐硬岩用トンネル掘削機のテイクオフ

軟弱土用シールド掘進機は泥水式、土圧式の開発により、1990年台までは日本が世界を席巻した。しかし硬岩TBMは、まだ欧米が圧倒的であった。ドーバー終了後の海外での営業活動はTBM分野では完膚無きまでの敗北であった。ただドーバーで二つの技術が交差し新しい風が生まれてきた。ロビンスのディックが、「あなた方は一度覗いた技術は消化して強力な武…
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ホッと空の物語57‐西の衝突地点 グラナダ・アランブラ宮

グラナダ イスラム教圏とキリスト教圏の争いはいまだ続いている。 もとは同じストーリーを有する兄弟宗教なので理解は難しい。私の個人的な見解としては、宗教と言うものは少なくとも2000年以上経過しないと成熟(柔和化)しないのではないかと思っている。イスラム暦元年は西暦の622年であるので、現在のイスラムの宗教的歴史年代は キリスト教の14…
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ホッと空の物語56‐文明の衝突地点 イスカンダリア

イスタンブール かつてコンスタンチノーブル(古い地名はビュザンティオン)と呼ばれた。395年に東西に分割された東ローマ帝国(後世にビザンチン帝国と呼ばれる)の首都である。 現トルコではイスカンダリアと呼ばれている。1996年と1998年に訪問した。ボスポラス海峡を横断するトンネル計画の調査である。 この都市の地勢は地政学の模範のよ…
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ホッと空の物語55‐続きはイタリア・アルプス紀行から

ドーバー海峡トンネル工事終了後も、大型案件が目白押しであった欧州へ多くの技術調査団が派遣された。来るべき国内重要案件への参考にするためである。 欧州の鉄道網のネックはドーバー海峡とアルプス山脈である。海峡の次はアルプス横断鉄道トンネルで、すでに計画は動き出していた。 一回目は1995年6月10日から6月18日の間で、鉄道関係者に…
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ホッと空の物語54‐瞬きの終わりに

瞬きのおわりに 英仏海峡を陸続きにする夢は、私が入社する頃に二回目の計画が起こり、掘削機も完成して工事開始寸前まで行ったが経済問題から頓挫した。そして10年後の1980年代半ばに三回目として挑戦された。 この10年の間に日本の掘削機は手掘式から機械式、そして密閉式と驚異的に進歩した。三回目の局面ではKHIは硬岩用TBM技術と大口径軟…
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ホッと空の物語53‐海峡のモグラ-世界の頂点へ

こうして密閉技術を駆使した泥水シールドや土圧シールドといった日本のシールド式トンネル掘削機は技術・名声共に世界のナンバーワンにかけ上がった。ドーバープロジェクト成功の余勢を駆って、わが社だけでなく、国内主要各社は、イギリス、フランス、スペイン、ポルトガル、米国、豪州そして中国、タイ、シンガポール等の東南アジア、インド、中近東へと進出して…
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ホッと空の物語52‐海峡のモグラ-不朽のモニュメント

T2ヨーロッパ号の20.009Kmの5月24日到着に続きT3カトリーヌ号も、1991年6月28日に18.857Kmを掘削して完了した。平均月進はT2が664m、T3が685mで契約の530mをはるかに超えるものである。ちなみに従来の実績では150m~200mである。月進最高はT3の1178mで世界最高記録である。 カッタヘッドが回転し…
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ホッと空の物語51‐海峡のモグラ-高速施工と記録

掘削作業は3シフトで24時間、364日行われた。休みは12月4日のセント・バーバラの日だけである。 1989年6月に破損したカッタヘッドを補強修理し終わり、完全にブルーチョーク層に入って、10月からは月進600mをコンスタントに出せるようになった。 掘削とセグメント組み立てを同時に20分、TBM後胴の前進(盛り替)に10分。つまり3…
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ホッと空の物語50‐海峡のモグラ-カレーの市民‐2

T2の掘削開始は1988年12月6日で、終了は1991年5月24日の20kmである。 この間に、世界は大きく変った。 1989年1月7日に昭和天皇が崩御した。日本時間の早朝6時半だったが、フランスでは6日の午後10時半である。すべてのフランスのテレビが緊急放送を始めたのを記憶している。日本に電話したが、国内ではまだ情報は伝わりきって…
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ホッと空の物語49‐海峡のモグラ-カレーの市民ー1

掘削のスタート地点は、サンガットと言う小さな町である。宿舎を置いていたカレー市から車で20分ほどである。通勤は提携したタクシーを利用した。カレーの市庁舎の前の庭には「カレーの市民」の像がある。この像はオリジナルの鋳型から作られた12のエディションの一つで第一番目のものである。ちなみに東京の国立西洋美術館に9番目のものがある。これは195…
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