ホッと空の物語53‐海峡のモグラ-世界の頂点へ

こうして密閉技術を駆使した泥水シールドや土圧シールドといった日本のシールド式トンネル掘削機は技術・名声共に世界のナンバーワンにかけ上がった。ドーバープロジェクト成功の余勢を駆って、わが社だけでなく、国内主要各社は、イギリス、フランス、スペイン、ポルトガル、米国、豪州そして中国、タイ、シンガポール等の東南アジア、インド、中近東へと進出して行った。この時点では日本のトンネル掘削機はまぎれもなく世界最高峰で世界市場を席巻していた。日本の年間生産基数は大手8社だけでも250基で、おそらく世界シエアーは80%近くだったと記憶している。
FCBとの関係はドーバー以降も継続し、スイス案件、パリ地下鉄案件、パリ環状道路案件(SOCATOP)などを共同で活動した。彼らが独自で中国の上海に7台の泥水式シールドの輸出に成功し中国でのシールド機利用の出発点を築いた。しかしその後、会社全体の業績が低迷し、またポルトガル リスボンに納めたシールドが大きな事故を起こしてしまい、この業界から撤退することになった。1997年のことである。
その後KHIは、スエーデンのアトラスコプコと、またその後は英国のマーカム社と提携をした。マーカムとはドーバー海峡を通過してきた高速鉄道の英国内路線変更によるCTRLプロジェクトなどを手がけた。その後、カナダのLovat社、イタリアのSELI社とも提携をした。SELI社にはコペンハーゲンの環状地下鉄用シールドの心臓部4セットを納めてローマ、コペンハーゲンを頻繁に訪問した。またインドバンガロール地下鉄の心臓部も納め、これを契機にインドにも頻繁に行って活動した。
ロビンスとはその後も友好的な関係を維持し、オープン型硬岩TBMで協調し、ローラーカッター供給では緊密な関係を維持した。年に二回はシアトルを訪ねた。
しかし一方、世紀のドーバートンネルの成功はシールド型TBMの有用性を見せ付けることになり、欧米メーカーも競って開発に乗り出し、施主も重用し始めた。活発になったユーロ市場を背景にドイツにガリバー企業が育っていくと共に、各国のメーカーは合従連衡をしながら淘汰、集約されて行った。独Wirth社や仏NFM社、伊SEL、加Lovatは最終的に中国メーカーに買収され、米ロビンスにも2016年に中国資本が入ることになった。
日本勢は、その後の国内経済停滞、需要が減退して低迷期に入り、さらに独ガリバーメーカーの対外進出と共に海外も後退を余儀なくされた。国内大手の統合が進み現在は大手3社となっている。
ユーロトンネルプロジェクトが終わって帰国した時は、海外への出国回数は11回であった。最後の出張は2016年の中国広州で262回目の出国になるので圧倒的にドーバー以降が多い。英国のトンネル協会BTSを始め各国のトンネル学会で講演を行う機会も与えられたし国内ではたけしの万物創世紀に出演することができた。
これらについては機会があればまた記したい。

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