ホッと空の物語27‐海峡のモグラ-出直しの設計ブックを携えて

MCSの実験は三分の一の縮尺規模で、日本で行うことになった。試料はフランスから約40トンのチョークを取り寄せる事にした。この時にチョークには上部からホワイト、グレー、ブルーの三種がある事を知った。仏側立抗にはブルーは出現しないのでグレーで試験を行う事にした。3月には開始する予定とした。
改めてTMCの仏文要求仕様書をきちっと和訳して読み直し、機械の仕様を策定しなおした。機種はもちろん土圧式でMSC装備である。また詳細計画はしていないので不安はあったが高速施工のためのスライドヘッド方式を取り入れた。さらにエレクターを二台装備し作業のタイムサイクルを秒単位で詰めて、進行速度の計画を行った。計算結果は多少の余裕を見るのが日本式であるが、何とかなると今回は最大数値を採用した。これらを実現するための詳細な機械仕様を決め、全体構造図・製作仕様書にまとめた。
耐圧性能については、すでに実績のあるものは証明資料を収集し、無い項目は実験計画を策定した。対象はメインベアリングのシール、中折れ部のシール、テールシールなど外部と接する部分である。 もっとも重要な排土装置MCSの理論的裏付け資料、実証のための試験計画を策定した。  これらを一冊の図書にまとめた。これが「近藤ブック」とフィルマンが名付けた、KHIの基本設計書である。

年が明けて1987年1月22日、R.Sato氏がTMCマルタン氏の密命を持って来日した。ロビンス、FCB、KHIによる三社コンソーシアム(コンソ)はどうかとの打診である。実はマルタン氏の申し出はFCBとロビンスの二社コンソであったが、それではKHIが乗り出さないだろうとR.Sato氏が勝手に三社に作り替えて、伝えてきたものであった。それは知らなかったし、この提案の意図もわからなかったが、ともかく当方としては、他に手段が無いので、まずこの話に乗ってみようとなった。
1987年2月8日(日)、近藤ブックを持って春日部長とともに渡仏した。

翌9日、まずはロビンス社長、リチャード・ロビンス(通称ディック)と彼のエージェントであるエマニュエル・オーレの事務所で初面談した。会社概要や、事業の現況を開示しあってお互いを品定めした。 しかし小杉のプロジェクト参加問題は意見が真っ向からぶつかって平行線のままであった。ただ決定的な決裂は避け、FCBリール工場などの視察を行った。
2月17日(火)、TMCのマルタン、フィルマンに対して、FCBのサパン副社長、R.Satoらとともに三社合同へ参加の意志表明を行った。三社コンソは間違いなくTMCの意向と判断できた。この席上プロジェクトの資金計画は夏に決着(確定)の予定であること、T2,3最終要求仕様を4月始めに発行する予定が示された。マルタン氏とフィルマン氏の工法についての考えの違いも少し明らかになってきた。ともかく私は近藤ブックを詳細に説明して、我々の実行能力、取り組み姿勢を懸命にアピールした。フィルマンは「貰って良いか」といって機械設計屋さんらしい笑みを浮かべて持って帰った。フィルマンが居なくなってからマルタンが、ロビンス・小杉より、ロビンス・KHIが良いと思っている、仕方なく選んだと、言い訳が入った。

画像


画像


画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック