ホッと空の物語47‐海峡のモグラ-難物グレーチョーク

さて数十mの掘削が進んでいくと、海岸を過ぎて、いよいよ海峡下に入る。そして地山は亀裂が多くなり、水圧がかかり始めた。ここはグレーチョークである。ブルーチョーク層は650m以上先でないと出現しない。この650mが実に長かった。半年以上掛かった。ブルーチョーク層まで立抗を深く掘れば良いのであるが、そうすると地上側のアクセストンネルが長くなり…
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ホッと空の物語46‐海峡のモグラ-艱難辛苦の初期発進

最初の5リングのセグメントを組立てる(仮リング)と、6リング目からTBMはドーバーの地山に突入することになる。契約どおり、12月5日に準備完了となった。 盛大な発進セレモニーが行われ、T2機はヨーロッパ号と命名された。さあ出発と言う段階で、仏人オペレーターが動かない。先ほどまで運転していたのに、出来ないと言う。「このボタンを押せば良い…
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ホッと空の物語45‐海峡のモグラ-サンガットの組立工事

サンガット。。。。 1988年10月24日に現地入りし、サンガットでの予備品収納作業を始めた。一段落した11月に入って、T2のTACチーム(技術支援)のチーフとなることになった。 しかし愕然としたのは、T2の惨憺たる実情である。遅れに遅れた作業は仕方ないとしても問題は現場の殺伐とした雰囲気である。指導陣の方針・指揮が揃わず、その結果…
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ホッと空の物語44‐海峡のモグラ-シアトルの思いで

一回目は1987年6月29日から7月2日で三社コンソーシアム中、二回目は8月23日から9月4日で欧州調達の勉強のため、三回目は11月6日から9日で欧州規格と予備品管理のためにシアトルに出かけた。このプロジェクト終了後も、頻繁に行くことがあったので、この街も馴染みになった。 二回目、三回目はロビンスからはお客様のような丁寧な扱いをうけた…
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ホッと空の物語43‐海峡のモグラ-出航と工場立会

出荷および完成検査。。 4月12日にはT3の本体部品がFCBに向けて出荷となった。かってない驚異的なスピードで製作作された。 5月24,25日にT2の客先立会いが行われた。フランスから大勢が検査に来てマルタンも来た。立会いの日は普通、晴れがましいものであるが、今回だけは当社員たちのあの疲れきった姿は異様な感じであった。 この検査を…
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ホッと空の物語42‐海峡のモグラ-パリの生活‐2

10月になると、ボジョレーヌーボー(新ボジョレー)と言う新酒のワインが出る。このワインは寝かせて美味しくなると言うものではなく、せいぜい数年で終わりにする。ホテルの近くの表通りをすこし入ったところに、ボジョレーワインを一番に出せる権利を持ったレストランがあって、顧問弁護士のサンソン氏が連れて行ってくれる。外国人だけでは入れてくれない。こ…
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ホッと空の物語41‐海峡のモグラ-パリの生活‐1

調達活動でパリの外に出張する以外は、オーレの事務所で仕事をしていた。宿は地下鉄ノートルダム ド ノレット駅の近くのホテルブリタニーにした。このホテルはロビンスがパリの定宿にしていたところで、多い時は同僚8人が宿泊した。因みにノートルとは「我々の」と言う意味でダームは婦人である。つまり我々の婦人=マリア様である。 オーレ事務所はホテルか…
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ホッと空の物語40‐海峡のモグラ-欧州購入紀行

課題は調達品(購入品)である。カッタヘッド駆動装置はロビンスより購入、ジャッキ類は日本製としたが、マンロック、エレクター真空装置、セグメント受取り吊り上装置、掘削延長に伴う資機材受取り装置、大規模受電設備、大容量油圧装置など日本製が無いもの、有っても規格の問題、予備品の問題、契約上の製作比率などからフランスを中心とした欧州で購入する必要…
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ホッと空の物語39‐海峡のモグラ‐さすがの日本製造

1987年7月25日にT2,3の契約サインが行われ、29日に帰国。31日に社内のキックオフミーティング(スタート会議)が行われた。営業、設計、調達、品質管理、電装など関係部門が集まって、案件の説明、工程、契約内容などを説明して全員のベクトルを合わせる会議である。ただ受注に出発した時の事業部長は「しっかりやって受注して来い。後は引き受ける…
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ホッと空の物語38‐海峡のモグラ-真相は?

オーレ事務所で作業をしていると、霧が晴れる用に、これまでの流れが想像できた。 施工者グループは泥水派のCTGと土圧派のTMCが受注を争い、TMCが勝利して機種は土圧式になった。必要な密閉技術は小杉が提供した。そしてT1からT5までの全機がロビンスになっていた。製作は仏国内で製造するという政策に沿って北フランスのソムデラトル社で行う…
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ホッと空の物語37‐海峡のモグラ-勝利の美酒

TMCとの協議は仕様、契約条件の一語一句をつめていく。後日の係争の目を完全に摘むためである。この業界では実施段階で紛争になることもあるが、このプロジェクトではそのようなことを避けるため、用語の誤解釈がないように一語毎に意味を確認しあい、必要なら用語を変更して合意していった。しかしこの時点では互いに知識、認識の不十分なこともあり、予測しが…
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ホッと空の物語36‐海峡のモグラ-最後の苦闘

7月10日から、不眠不休の苦闘の日々が始まった。午前はオーレ事務所で書類の準備、午後はソファーで仮眠、夕方からTMCと協議そして夜遅く終了と言う日々が続いた。 TMCとDHIが夕方まで交渉していたので、我々は隠れるように夕方こっそりとTMCの門をくぐった。午後5時頃から出かけ、10時、11時過ぎまでミーティング。それから食事に行く。オ…
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ホッと空の物語35‐海峡のモグラ-単独責任の重み

二社コンソーシアムの単独責任。。。。 翌7月7日(火) 二社での遂行を議論したが、たいした結論も無く、すっきりしないままに時間が過ぎて行った。そして夕方になってディックが本音を吐いた。 ディック: 基本的にはKHIの仕事である。ロビンスはコストをよく把握していない。エンジニアが足りない。220MFの時、コストダウンに協力したか…
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ホッと空の物語34‐海峡のモグラ-青天の霹靂

7月6日、パリのオーレ事務所 ディック、ロビンスの顧問弁護士デュプレー、杉村、端元、近藤そしてオーレと主要メンバー全員が揃っていた。 FCBが離脱しロビンスとKHIの2社で続行することになった。シアトルで離脱しますと言ったが、なぜかロビンスは残ってきた。そしてわたしのすぐ後にパリに戻ったようだ。 情勢分析と今後の対応を練るというこ…
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ホッと空の物語33‐海峡のモグラ-不可解な動き

三社から二社へ... コスト積算を待つ段階で、不可解な動きが出てきた。 5月08日(金)になって、T2,3は原点に戻ってスラリー式が採用されるとの情報が何処からか出てきた。これに対して、FCBとロビンスはT1と同じ形式の土圧式を本案とし、スラリー式はオプション(別途見積り)で出す。MCSの土圧式は出さないと言いだした。 何故こんな…
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ホッと空の物語32‐海峡のモグラ-休息バカンス

ようやくT2,3の三社コンソの活動は軌道に乗り、後はコストの積算となった。これは各社の進捗待ちで、時間的に余裕が出来た。そこで妻を呼ぶ事にした。5月2日に来仏した。早朝便で着いたが寝坊をしてしまい、迎えに行くのが遅くなった。ドゴール空港で妻を捜して走っていると、「あなた」と呼ばれ、立ち止まり見つめる。傍らにいた多くの日本人が目を眩しくし…
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ホッと空の物語31‐海峡のモグラ-同床異夢の三社

三社コンソーシアム 2月26日(木):TMCマルタン社長、フィルマン氏へ三社合意を報告した。マルタン氏は非常に喜んだが、三社であってもコストが合わなければ発注できないと釘を刺すのを忘れなかった。 新たな段階に入ったと言う満足感を持って、2月29日(日)に帰国した。 二週間ほどあわただしく、三社コンソーシアム協議用の必要書類や、…
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ホッと空の物語30‐海峡のモグラ-ディックの願い

その夜、彼我の形勢分析をじっくりと行った。最後に、杉村部長が「こちらがわずかかも知れないが強いと思う。明日は押すぞ」と断を下した。 明けて2月21日(土):土曜日。 ディック:昨日小杉とコンタクトを試みたができなかった。したがって結論が出ない。   しかしロビンスとしてはCo-opを続けたい。ポイントは2つである。   …
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ホッと空の物語29‐海峡のモグラ -三つ巴

ロビンスとの交渉は、小杉の問題が暗礁に乗り上げ膠着したままであったが、2月19日に杉村営業部長が来仏して事態が動いた。 1987年2月20日、21日(土)は大きな転換点だった。KHIはFCBに対し「小杉を公式参加させないこと」を確認しその上でロビンスの言い分を聞いた。 ロビンス社長ディック TBMのコンセプトはTRC(ロビン…
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ホッと空の物語28‐海峡のモグラ-リベンジはパリから

エマニュエル・オーレ事務所はパリ8区にありフランス国鉄(SNCF)サンラザール駅前で、R.Sato事務所の近くである。周りにはプランタンデパート、オペラ座などがある。パリの常宿にしていたホテルアリソンはマドレーヌ寺院の周辺である。近くのサント ノーレ通り(Rue Saint Honore)にはエルメス、グッチなどの有名ブランド店が並んで…
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