ホッと空の物語33‐海峡のモグラ-不可解な動き

三社から二社へ...
コスト積算を待つ段階で、不可解な動きが出てきた。
5月08日(金)になって、T2,3は原点に戻ってスラリー式が採用されるとの情報が何処からか出てきた。これに対して、FCBとロビンスはT1と同じ形式の土圧式を本案とし、スラリー式はオプション(別途見積り)で出す。MCSの土圧式は出さないと言いだした。
何故こんな情報に惑わされるのか、私には受け入れ難い。 猛烈に反論して、MCSは代案(オルターナティブ)として出す事になった。出さなければ消滅してしまう。
5月22日にようやく3案のプロポーサルを提出した。これで一旦役割は終了として、5月27日に帰国した。
6月04日(木)に各社の価格が判明した。DHIがダントツに安く、184MFで他の日系会社が315、我が三社コンソの本案は253MFであった。TMC内にはこれを受けて、T2と3をDHIと三社コンソで一台ずつ分ける案が浮上してきた。これは受けいれられない。

こうした情勢を受けて、6月9日に急ぎ再渡仏した。
6月11日(木)、220MFか230MFに下げれば可能性ありという情報の中、TMCと三社コンソのミーティングが行われた。出席はTMCからはフィルマン、ゴルティエら4名で当方側はダウデン、Sato、近藤、デュオルス、オーレである。この時は技術質疑に終始した。
6月14日、新たな情報が入った。T2,3は元契約を執行してロビンスに発注すると言う。ディックがもっとも恐れていたことである。法的には生きているのである。本当にそうであるなら我々には対抗手段は無い。
6月23日(火)、今度は納期について13ヶ月は必須事項である。三社コンソの16.5ヶ月は受け入れられないと情報が入った。我が方は複雑な構造をしているので、コストよりも納期の方が問題と思っていたし、すぐに結論の出るものでもないので正直困った。
6月26日(金)、FCBパリ事務所でディックも参加して三社のコストダウン案を取りまとめた。多くの問題は有ったが、全員で懸命に検討、集積してマルタンに221.5MFまで下げると回答した。

コストダウンの作業が終わると唐突にディックが「近藤さん、T1の勉強をしませんか?日本への帰国の途中にシアトルへ寄りましょう」と誘いがあって、その日の内に、コペンハーゲンに出た。白夜の季節であった。地軸が23.4度傾いているので、北緯66.6度以北なら白夜になる。コペンハーゲンは北緯56度であるので完全な白夜ではないが、夜は僅か数時間であった。
無理やりパリから追い出された感があったが、6月29日~7月2日まで滞在した。
29日、着いて直ぐに、DHIが170MFまで下げたと情報が入り、205MFでないと発注できないと通告されたとの情報がロビンスよりもたらされた。これはロビンスの元契約の金額相当である。そしてシアトルの会議室にディックが現れ(いつ帰国したのか?聞いていなかった)「さらに要求金額が下がって200になった。FCBは離脱するらしい。ロビンスも降ります」と。そしてなぜかニヤッと笑った。自嘲の笑いか、会心の笑みか、分からない。しかしともかくT1の勉強はしようということで製造工場に連れていかれた。釈然としない気分だったが、技術的には得るものがあった。
7月2日に、KHIは納期に関してフィルマンへT2は13ヶ月、T3は15ヶ月で受けますとレターを送付して、かろうじて話をつないでいた。なぜ単独レターなのか、何がどう動いているのか分からないままに、日本に帰らずにフランスへ戻れとの指令が来た。
7月3日、シアトルからニューヨーク経由でパリに戻った。遠いフライトばかりが続くからとロビンスがファーストクラスのチケットを準備してくれた。
西岸のシアトルから東岸のニューヨークまで6時間のフライトである。大きな畑が水平線上に延々と続く。欧州にはない光景である。これが世界一の覇権国だと感じる。日本はこんな国と戦ったんだと、悲哀も感じた。

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