ホッと空の物語62‐魅惑星インド

インド大陸はユーラシア大陸とは別なもので、遠くから流れ着いたと言われる。同じように人も社会も異なる惑星から来たのではないかとの印象を受けた。この国に対しては嫌う人と、好きな人の差が激しいと聞く。私には測り知れない興味と不思議な魅力がある。
インドの国土は日本の8.7倍で人口は約10倍である。しかしGDPは30%足らずなので、単純比較では一人当たりはわずかに3%程である。人種は非常に多種で肌の色も外見も多彩である。言語も数十種あると聞く。一国として存在していることは奇跡的である。

インドの首都デリーには会社の事務所がある。2010年から2014年までの間に11回訪問している。デリー、プーネ、コルカタ、チェンナイ、バンガロール、ハイデラバード、アグラなどである。
最初の訪問は2010年5月12日である。シンガポールからデリーへの航空機、デリーからプーネへの航空機の乗客は礼儀正しく先を争うようなことも無い。しかし街に出ると不気味な怖さを感じる。どうしょうも無い貧しさの一方、日本では想像できない金持ちがいる。まるで1000年以上前の荘園時代の日本かと思える。かような貧しさと格差はいずれなくなるだろうが、容易とは思えない。どの先進国も前近世の矛盾を戦争という形で一気に克服した(善悪は別)と思うが、今のインドにはそれも無さそうである。ただ、その中で悲嘆にくれているかと言うとそうでもない。むしろコミュニティの中で楚々と生きていけるのでそれも悪くないと言う人が多いそうである。カーストも堂々と話しに出てくるし、除こうとするよりも固定を望む声も多いらしい。ただ、あの貧困生活街は21世紀の風景ではいけない。土から人が沸いてくると言った人もいるが、そのような錯覚におちいることがある。薄黒い灰色の土地が多く、人も黒くて埃まみれである。なので人形が置いてあるのかと思うと、人である。特に、4、5歳の子供が裸でジーと立つサマは地蔵さんを置いているのかと見間違う。

このような背景を理解するためにはこの国の歴史を知る必要がある。インドは英国の最大最強の植民地であったが、英国が現れた時はムガール帝国の時代であった。
ムガール帝国は1526年にインド北部に成立し1858年の第七代で滅亡した。1600年には英国は東インド会社を作り、1755年のプラッシーの戦いでベンガル王国+フランス東インド会社の連合軍を破って植民者としての地位を確立。1849年には最後の抵抗国シク王国を滅ぼして支配権を確立した。その支配は1944年の日本軍とチャンドラ・ボースのインパール作戦に触発されて独立運動が起るまで続き、ようやく1947年に独立した。ムガール帝国からだと400年近い異民族の支配である。厳しい身分制度は16世紀前にはどの国にもあったと思うが、これがこのまま固定されてしまったわけである。
ともかく貧富の差が激しい。我々は一泊数万円のホテルに泊まり、1000円程のフィッシュ&チップスのランチを食べる。数千円でゴルフが出来るが、キャディーは一日炎天下でサービスしてチップも入れて500円程である。一家の大黒柱の収入である。

2010年には合計で三回の企業調査を行った。

一回目はデリーから航空機を乗り継いで南西のムンバイへ飛び、近くのプーネと言う町に行き、そこからガタガタ道を5時間揺られてWIL社に行った。(2010年5月)120km足らずの距離であるが、広い道路も中央部のみの舗装で、のろのろした牛車や牛の群れでごった返している。WIL社は大いに歓待をしてくれて、わざわざ記念植樹まで行った。一帯は荒野の企業城下町でどこにもいけないので、クラブハウスに泊まる事になった。テレビは古いブラウン管式が置いてあったが写らない。シャワーもあるが気持ち悪いので使わなかった。夕食は室内ではアルコールは宗教上、飲めないので外で飲み、その後カレーを馳走になった。昔、フランスのカレー市で食べてスパイスが強くて困ったので、用心して少しだけにしたが結局、大変なことになった。美味しいのだが、便の通じが良くなりすぎる。一晩中、一時間置きに排便が続き、ドンダケーというほどの量が出た。翌朝、また5時間の車移動なので心配であったが、朝までには収まった。スパイスのせいか、衛生上の問題か分からなかったが、デリーの空港でカレーのレトルトパックを日本で食したときも同じ症状だったので、スパイスの効能だろう。下剤系整腸剤としては優れている。
カレーの本場であるが、駐在日本人は日本食店に行くと日本式カレーを食べたがる。不思議なものである。日本のパックご飯と、レトルトカレー、サバの味噌煮缶詰めなどを土産にすると喜ばれる。

二回目は同じ年にコルカタに行った。この街はインドでもっとも汚いといわれているらしい。道路は舗装が壊れてガタガタで通りにはウジャウジャと人があふれている。海岸では砂浜に多くの人が掘っ立て小屋で暮らしている。ただびっくりするのは、道端の掘っ立て小屋から、長身のびっくりするような美形がヒョコッと出てくるのは実に不思議である。真っ黒な肌ではあるが。
この時、せっかくなのでアグラの街へ有名なタージマハル観光に行った。この白亜の寺院はムガール帝国第五代皇帝のシャー・ジャハーンが、死去した愛妃ムムターズ・マハルのために建設したと言われる総大理石の墓廟である。1632年から22年の歳月をかけて建設された。不案内なので事務所に頼んでガイドを雇った。

ガイドは言う。
ムガール帝国はチンギスハンが建国したモンゴル帝国の継承国の一つであるチムール帝国の貴族がアフガニスタンから来て建国した。ムガールはペルシャ語でモンゴル人を意味するムグールから来ている。私(ガイド)はその征服民族の末裔であって高貴な身分である、と。(知らないけど?)
さてこの小旅行は興味深く、駐在員からもらった手紙はインドの実像を良く現しているので、そのまま記録しておこう。

出張者様
7時出発で了解致しました。
ご一緒するつもりだったのですが、明日午後来客になり、当方アテンドできなさそうですが、大丈夫でしょうか?
本日のドライバー(KKさん)を7時にホテル玄関に行かせます。ドライバーは慣れておりますので、タージ訪問については問題ないと思います。入場料は、うろ覚えですがタージだけだと500ルピー程度、そのほかのアグラ城とかも回れるチケットだと750ルピー程度だったと思います。USDでも払えると思います(5ドル?)
近くの駐車場に車を停めて、そこから電気バスか馬車かリキシャでタージまで行きます(500m程度)。※タージのすぐ近くはガソリン車禁止のため。おそらくドライバーが「ガイドをアレンジしようか?」と言ってくると思いますが、これは雇っても雇わなくてもどちらでもいいと思います。雇うと一応の説明はしてくれてそれなりに分かります。料金相場は忘れましたが、事前にドライバーに相場を聞いておけばそんなにぼられることはないと思います。
道中途中で猿回しがいますので、これは相手しないでください。写真をとると金を要求されます。タージ近辺でも物乞いが多いですが、相手しないでください。州税につきましては当方で事前にドライバーに金を渡しておきますのでご心配いりません。11時頃に現地に着くと思います。(州が変わるので、州境で通行料を取られる)
タージをご見学されて、そのほか時間があればアグラ城くらいかと思います。昼食はドライバーが何軒か外人向けのレストランを知っていると思います。もしくは、料金は高いですがタージのすぐ近くにオベロイ・アマル・ヴィラスというホテルがあり、ここは高級ホテルで豪華な雰囲気を味わえます。ホテルのバーからタージが見えます(以前、ドバイの駐在員を案内したときにここのバーに行きました)。泊まるのは高くて無理ですが食事は可能です。そのほか、ムガル・シャラトン・ホテルや、タージ・ビュー・ホテルなどですと、昼食も落ち着いて食べられます。アグラでドライバーが土産物屋に行こうか?と言うかもしれませんが、これもどちらでも構わないと思います。
アグラは大理石製品が有名です。土産物屋では長居すると買わないといけない雰囲気になりますので、買わない場合は長居しないほうが良いです。出される飲み物も大丈夫と思いますが、念のため断ったほうが安心かもしれません。長距離のドライブになりますので、夜お帰りになった際に、ドライバーに多少チップ(300~500ルピー程度@=2.5円)をあげていただけたらと思います。
駐在員

三回目は 同じく2010年の10月で、チェンナイ(旧名マドラス)である。南東のスリランカ島の北側に位置する。企業視察の合間に歴史観光を行った。マハーバリプラム Mahabalipuram、ここは世界文化遺産で多数の遺跡、寺院郡がある。この遺跡はヒンズー教系王朝の遺跡で8世紀ころのものである。
翌日はデリーで、近くのフマユーン廟(赤色砂岩の廟)に行った。ムガール帝国第二代皇帝のフマユーンを偲んで妻のハミーダ・バーヌー・ベーガムが1565年に建造を命じたと言われている。皇帝はアフガン人(パシュトーン人)で、インド内の戦いに大敗し、一時ペルシャに逃れていたが、その支援を受けて返り咲いた。妻はペルシャ出身で信仰厚いムスリム(イスラム教徒)であった。イスラム住民はパキスタン、バングラディッシュとして国を分けたが、インド国内にはまだまだ多数のイスラム教徒がいる。赤色砂岩が余りに綺麗であったので修復中の作業員からカケラを分けてもらった。
この三回目の訪印ではうれしい光景をみた。おばさん連中が道を掃除しているのである。箒とは言えないような代物の箒であるが、竹の穂先を集めてそれらしくしたもので、紙くずなどを掃き清めている。日本人が指導したと聞いたが、大きな進歩である。
とはいえ日本人の常識では生きていけない。たとえば街の小さな雑貨屋、観光地の屋台の飲み物はペプシやコカのマークが付いた飲料が並んでいるが充填量が異なる。なぜか、はたして本物なのかはわからない。
また街には犬が多くいて、ほとんどは狂犬病らしい。噛まれて発病したら回生の道はないので、予防接種をしてから行くのが良い。必要な予防接種はA型肝炎、B型肝炎、破傷風、狂犬病、日本脳炎の5つである。私は遅まきながら滞在期間が長そうになったので5回目の渡航前に狂犬病と肝炎(A型?)の接種を受けた。

その後、2012年バンガロールではヒンズー教のお寺を参拝した。ヒンズーは全ての宗教の源と言うが何となくわからないわけでもない。宗教画は結構艶めかしい。
寺院ではお経を唱えながら一段ずつ階段を上り、歩を進める。

Hare Krishna Hare Krishna  ハ―レ クリシュナ ハ―レ クリシュナ
Krishna Krishna Hare Hare  クリシュナ、クリシュナ、ハ―レ、ハ―レ
Hare Rama Hare Rama    ハ―レ ラーマ ハ―レ ラーマ
Rama Rama Hare Hare・・・  ラーマ、ラーマ、ハ―レ、ハ―レ
(クリシュナ、ラーマは神様の名前である。)

これをずーと繰り返す。そのうち自然と諳んじる自分に気が付く。

ビジネスは実らなかったが、不思議な魅力に満ちた、また行ってみたい国である。

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この記事へのコメント

harehare
2019年01月14日 08:46
へーそうなんダ

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