ホッと空の物語59‐オープンTBMよ もう一度

硬岩TBMのコア技術はローラーカッター(DRC)と大容量ドライブユニット(電動機、減速機)である。DRCは17インチ、19インチについてMMC社と共同開発を行った。競合会社のグループ企業なので強い社内反対が有ったが、巨大な一流企業でないと追い付けないと信じたし、MMCの開発担当者とは同じ夢を見て協力しあうことに一致した。ドライブユニットは九州のMM社と開発を始めた。この時点ではインバーター駆動方式は普及していなかったので、電動機と減速機を繋ぐクラッチが重要な部品であった。MM社と湿式方式を開発するとともに、他の内外にも調達先を求めていった。自力開発を目指した背景は、海外TBMメーカーが部品メーカーを押さえていて他への供給を妨げるためである。購入出来ても法外な金額である。しかし自力製品を持てば手のひらを返して売り込んでくる。
コアハード無いメーカーは生き残れない。古今東西の真理と思っている

さてコア部品開発も軌道に乗り、シールド型TBMはシールドと同じように大口径化をたどり始めた。我々は先達として有利な地歩を固めていくことができた。しかし硬岩TBMはやはりオープン(ビーム型)が何と言っても主流である。また機械技術者としても羨望のものである。国内でも結構な工事量が有り、ロビンスと技術関係を解消したとはいえKM社の独断場であった。本州四国連絡道路の淡路コースでの舞子トンネルでは5mφのビーム型TBMの発注があったが、我が方は全く歯牙にもかけてもらえなかった。TBMビジネスはTBMよりも消耗品のDRCの売り上げ・利益の方が大きいので受注は重要である。
欧米メーカーはビーム型が主体であったが、シールド型の開発をすすめてきているので、我々はビーム型を持たない事には世界市場では互角に戦えない。地質変化への対応度は別としても、山岳トンネルでは何といっても取り扱いの軽便さが求められる。ビーム型は寸法、重量ともに小さく、分割もし易い。
もっともビーム型TBMといってもグリッパーの配置によって構造は大きく異なる。Jarva,Wirth社はメインビームを前後の2セットでしっかり固定する形式であり、ロビンスは1セット方式である。山岳部での輸送・作業、製造コスト、施工性の有利さを考えるとロビンス方式が望ましいと思っていた。
有効な手段を見つけられないまま悶々としてした時、安蔵川TBMで操業を支援してくれたスーパーゼネコンHM社が新コンセプトのビーム型TBMの共同開発を持ちかけてくれた。この協調はビーム型TBMの基礎設計進行に極めて大きな役割を果たした。対象案件は、別の施工者が請け負ったが、TBM製作は期待できる状況だった。しかしさすがに全く実績のない我々に発注出来るはずもなく、行き詰まってしまった。チャンスは二度とない! 背に腹は替えられないとロビンスのディックに連絡を取った。彼の社内ではドーバー時の軋轢も有り拒否感もあったが、日本市場への思いやクールなビジネス感覚の持ち主であって共同製作という形で話がついた。思い切り譲った形でよい、名を捨て実を取ることにした。
我々はカッタヘッドのみとして、駆動部、フロント胴体、メインビーム、グリッパー部などの主要部は全て設計も製造も彼らに委託した。ただし全体組み立ては日本として期間中の技師の派遣を条件とした。社内的にはとんでもないとの話もあったが、客先も同意した事であるのでこれを推進した。ともかく詳細設計と思想が欲しかった。派遣されてきた技師は阿吽の呼吸で技術移転してくれた。
このTBMは栗東TBMとして1996年に受注。性能的には好成績を上げたが、減速機(ドイツ製)の破局的破損トラブルを起こし、対応に難渋した。これはまた機会が有れば詳細に述べたい。
1990年台末になっていよいよ大口径全断面TBM掘削の挑戦が始まった。岐阜県の河合村と白川村を結ぶ東海北陸自動車道の飛騨トンネル工事である。掘削径12.8mφの大断面TBMである。TBM研究会では先生方も入って、機種、機能、仕様、トラブル対策など詳細に議論されていった。我々の最大の関心は機種である。ビーム型ならKM社が圧倒的に強くシールド型ならMH社と目されていた。わが社は小口径TBMでは実績豊富であったが大口径硬岩シールドTBMではこれといった実績がない。MH社は1996年にフランスのリヨンTBMの貫通をみていた。この工事は片麻岩の非常に硬く摩耗性の高い所を掘り、そのノウハウは高評価であった。KMでもなくMHでもなく我々が勝つためには、何か新しい構想が必要である。そこでビーム型にシールド型の機能を加味した新案を提案した。

名称は改良オープン型TBM
ビーム型TBMであるがセグメントを使用したシールド推進をも可能としたもの

 採用に至るまでには様々有り、個別な説明会も幾度となく行った。最終的に研究会で、改良オープンで行こうと決まった時は一人トイレに行って声を出さずに叫んだ。「やった!」と。ドーバー以来の興奮であった。 巨大プロジェクトなので製作はメーカーの共同制作となった。分担は下記である。

  KH=45% カッタヘッド、前胴内輪(駆動部)、本体中胴、工場組立、
全体設計取りまとめ、総責任
  KM=40% メインビーム、グリッパー、担当部位組立、担当部位責任設計
  MH=7.5% 本体後胴、エレクタ―
  HT=7.5%  本体前胴外輪、後続設備

優秀な機械を願って自社の立場を離れて、分担を決め、各社に真摯に協力をお願いした。
こうして12.8mφの世界最大級の新機軸のビーム型TBMが製作されることになった。

しかし前途は多難であった。まず最初に工場組立で重大な不具合が出た。そのため未完成な部分を残して出荷せざるを得ず、4.5カ月の現地工事が14カ月と途方もない期間が費やされた。なんとか克服して掘削開始後は初期の性能を発揮したが思わぬ事態に陥った。この地帯はいわゆるフォッサマグマのど真ん中で非常に地質条件が悪いと想定されていた。そこでトンネル完成後の避難坑も兼ねて4.5mφの先進坑が併進し、ここから地質改良を予定していた。しかし先進坑工事が大きく遅れてしまった。
地質は非常に硬い岩石であるが断層の影響で切羽は砕石状で全く自立しない。強大な回転トルクを装備していても受動土圧を受けてはカッタヘッドは回転できない。最終的には工事全体の経済性を考慮してNATM工法も併用し、12.8mφTBMは4290mの掘削となった。1999年のTBM工場完成で工事は2004年から2007年である。
 土被りが数百m以上となるトンネルは、切羽が全く自立しないならば現有の技術を総動員しても掘削はできないだろう。実は台湾のピンリントンネルも同様な条件で工法変更をせざるを得なかった。21世紀の今なら、青函トンネルをTBM工法で掘削できるか? これらについては機会を見て「トンネル掘削機はどこまでできるか」というテーマで述べてみたい。
 2002年には6.82mφのビーム型TBMを納入した。八場ダムの工事に絡んで鉄道の吾妻線の掛け替えのトンネル工事である。このTBMによって初めて、全ての部分の設計をすることができた。入社30年目の事であった。
しかしこの後はTBM熱が冷めて、また経済の停滞も重なって、新たな案件が見られなくなったのはとても残念である。継続しなければ技術は直ぐに廃ってしまう。


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