ホッと空の物語54‐瞬きの終わりに

瞬きのおわりに
英仏海峡を陸続きにする夢は、私が入社する頃に二回目の計画が起こり、掘削機も完成して工事開始寸前まで行ったが経済問題から頓挫した。そして10年後の1980年代半ばに三回目として挑戦された。
この10年の間に日本の掘削機は手掘式から機械式、そして密閉式と驚異的に進歩した。三回目の局面ではKHIは硬岩用TBM技術と大口径軟弱土用シールド掘進機の両技術を自前技術として所有する唯一の会社であった。しかし世界のTBM市場では全くの無名であり、我々にチャンスは無かった。ところが様々な条件が重なり合って、僅かなチャンスが開けた。 それを逃がすことなく一気に突進し、大魚を釣り上げた。そして一丸となって世紀の工事を成功に導いた。これを機に名実共に一気に世界の表舞台に躍り出た。
この奇跡的な時間に生き、その中枢でプレー出来たのは、幸せだったと思っている。
あれからもう30年が過ぎた。
トンネル掘削機はその後も進化しているが、ドーバー以降は新機軸の技術開発は乏しく、歴史的な重みも小さい。それほどのエポックであった。残念ながら現時点ではわが国のTBM技術は世界をリードしているとは言いがたいが、その世界的流行の起爆剤として働いたのは誇りに思って良いと思う。
世界に出て、学んだことは技術だけではない。世界は広く、想像以上の重層世界である。経済、政治、社会通念、宗教だけでなく、歴史の時間軸ばかりか正義の意味も異なる。我々の未来の姿、過去の姿を、見ることができ思い出させてくれる国や場所がある。これらを見るのは懐かしくもあり、将来の参考にもなる。
全てをこのブログで伝えることは出来ないが、読者の記憶に少しでも残れば望外の喜びである。(2017年10月 完)
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