ホッと空の物語43‐海峡のモグラ-出航と工場立会

出荷および完成検査。。
4月12日にはT3の本体部品がFCBに向けて出荷となった。かってない驚異的なスピードで製作作された。
5月24,25日にT2の客先立会いが行われた。フランスから大勢が検査に来てマルタンも来た。立会いの日は普通、晴れがましいものであるが、今回だけは当社員たちのあの疲れきった姿は異様な感じであった。
この検査を通じて、日仏のマネジメントの差異を知った。日本では上になるほど細かいことは知らないが、フランスはむしろ逆である。細かくても重要度の高い内容は報告がいく。したがってトップ同士が向き合うと、フランスから細部について思わぬ質問が出る。これに日本側トップは直に答えないといけない。しかしその後で、大体の日本人上司は、「君のせいで恥をかいた」と部下を怒鳴りつける。これは海外でしばしば見かけた。
マルタンは製作中の検査官として滞在していたスーケ氏の報告を見て、これだけは播磨工場で完工してくれと、彼自身の判断で何点か詳細な事項を指摘してきた。冷静に現実を見た判断である。ようやく工場立会いまできたが、多くのリザーブアイテム(改良要求項目)が出た。現地ではこのリザーブの解決に掘削を開始してからも長期間悩まされることになった。同じ作業でも工場作業の三倍の時間がかかる。
納期が短かすぎた事、大部分が新設計である事、設計人員の半数は臨時の応援者であったことなどによって、いろいろの問題が起こっていた。同じ部品でも担当者によって名称が異なると言うあきれた問題もあった。
そして、この頃に膨大な赤字が明らかになってきた。契約には種々のペナルティがあったが、目標達成のボーナスもあった。掘削速度次第ではこの赤字は取り戻せる見込みもあったがこの時点では大変な責任問題となり受注の成否が問われたほどである。

T3はダンケルクの工場で日本からの部品と、フランス製作品が集積され組み立てが行われた。 しかし、ここは言葉の壁、文化の違い、労働倫理観の違い、就業時間の考え方の違い、部品の到着遅れなどで難渋を極めた。地獄のダンケルクと言われていた。このダンケルクの工場は、あのソムデラトルのことである。他にこれだけの物量を扱える工場がなかったのである。
T2,3共に日本からフランスに向かってほぼ予定通りで出荷されたが、これで一件落着とは行かない。契約金の支払いは、いくつかのステージに分かれ、各マイルストーン(条件ポイント)が設定されていて、期日とクリアすべき条件が決められている。第一はTBMの引渡しであるが現物の引渡しだけではなく、取り扱い説明書、メンテナンス要領書、予備品リストなどの図書類が仏語で完備していなくてはならない。
この書類のほかに、超長距離施工の対策として予備品管理が重要であった。予備品がなくてTBMが止まった場合は24時間につき6万フランの科料(150万円)が課せられることになっている。
これらの作業は私が帰国するまでまったく手がつけられていなかった。図面の詳細は判っていないので、四苦八苦しながらも取りかかった。
取り扱い説明書は、既に作っていたブロック図を用いて、その中のひとつの標準説明書を作成し、それを各装置担当者に提示して、同時平行で作成した。集積後、英語にして、R.Sato事務所で仏訳をしてもらった。予備品は改めて図面番号、符号を採番しなおして対応した。
これらの作業が終わって、8月に入ってT2はサンガット現地で組み立て作業が始まったので私もサンガットに赴任した。
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