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ホッと空の物語32‐海峡のモグラ-休息
ホッと空の物語32‐海峡のモグラ-休息 ようやくT2,3の三社コンソの活動は軌道に乗り、後はコストの積算となった。これは各社の進捗待ちで、時間的に余裕が出来た。そこで妻を呼ぶ事にした。5月2日に来仏した。早朝便で着いたが寝坊をしてしまい、迎えに行くのが遅くなった。ドゴール空港で妻を捜して走っていると、「あなた」と呼ばれ、立ち止まり見つめる。傍らにいた多くの日本人が目を眩しくして二人を見ている。ちょっとした映画の主人公の気持ちであった。 5月3日から5日にかけて、スイス観光に出かけた。事前計画なしである。朝早く、リヨン駅に行き、TGV... ...続きを見る

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2017/06/23 11:20
ホッと空の物語31‐海峡のモグラ-三社コンソーシアム成立
ホッと空の物語31‐海峡のモグラ-三社コンソーシアム成立 三社コンソーシアム 2月26日(木):TMCマルタン社長、フィルマン氏へ三社合意を報告した。マルタン氏は非常に喜んだが、三社であってもコストが合わなければ発注できないと釘を刺すのを忘れなかった。 新たな段階に入ったと言う満足感を持って、2月29日(日)に帰国した。 ...続きを見る

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2017/06/22 09:24
ホッと空の物語30‐海峡のモグラ-ディックの願い
ホッと空の物語30‐海峡のモグラ-ディックの願い その夜、彼我の形勢分析をじっくりと行った。最後に、杉村部長が「こちらがわずかかも知れないが強いと思う。明日は押すぞ」と断を下した。 ...続きを見る

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2017/06/19 14:58
ホッと空の物語29‐海峡のモグラ -三社の交渉
ホッと空の物語29‐海峡のモグラ -三社の交渉 ロビンスとの交渉は、小杉の問題が暗礁に乗り上げ膠着したままであったが、2月19日に杉村営業部長が来仏して事態が動いた。 1987年2月20日、21日(土)は大きな転換点だった。KHIはFCBに対し「小杉を公式参加させないこと」を確認しその上でロビンスの言い分を聞いた。 ...続きを見る

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2017/06/16 13:14
ホッと空の物語28‐海峡のモグラ-パリへ
ホッと空の物語28‐海峡のモグラ-パリへ エマニュエル・オーレ事務所はパリ8区にありフランス国鉄(SNCF)サンラザール駅前で、R.Sato事務所の近くである。周りにはプランタンデパート、オペラ座などがある。パリの常宿にしていたホテルアリソンはマドレーヌ寺院の周辺である。近くのサント ノーレ通り(Rue Saint Honore)にはエルメス、グッチなどの有名ブランド店が並んでいる。ホテルと事務所は地下鉄で一駅である。 オーレ事務所の建物はこの辺りで一般的な一体物の石を積み上げた重厚なつくりで、分厚い木材の門を入るとそこは石畳の中庭に... ...続きを見る

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2017/06/12 14:53
ホッと空の物語27‐海峡のモグラ-近藤ブックを携えて
ホッと空の物語27‐海峡のモグラ-近藤ブックを携えて MCSの実験は三分の一の縮尺規模で、日本で行うことになった。試料はフランスから約40トンのチョークを取り寄せる事にした。この時にチョークには上部からホワイト、グレー、ブルーの三種がある事を知った。仏側立抗にはブルーは出現しないのでグレーで試験を行う事にした。3月には開始する予定とした。 改めてTMCの仏文要求仕様書をきちっと和訳して読み直し、機械の仕様を策定しなおした。機種はもちろん土圧式でMSC装備である。また詳細計画はしていないので不安はあったが高速施工のためのスライドヘッド方式を取り入れ... ...続きを見る

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2017/06/02 13:54
ホッと空の物語26‐海峡のモグラ 直訴
ホッと空の物語26‐海峡のモグラ 直訴 12月10日(水)午前、TMCのフィルマン、ゴルティエに春日、R.Sato、滝川らと会った。 ...続きを見る

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2017/05/22 14:56
ホッと空の物語25‐海峡のモグラ FCBのおもい
ホッと空の物語25‐海峡のモグラ FCBのおもい 12月08日(月)、春日技術部長が来仏。ロリドンと経緯の総括をした。 こちらから「TMCの件はFCBにとっても、KHIにとっても重要である。相手のロビンスには小杉がついている。その上DHIにも出られたら、我々の日本国内事業に影響が出る。FCBは大丈夫と思っていたが残念である」と問うと、ロリドンは悔しさと怒りを押し殺しながら、「決っていたのだ!」とまくし立てた。 ...続きを見る

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2017/05/18 09:06
ホッと空の物語24‐海峡のモグラ かすかな希望?
ホッと空の物語24‐海峡のモグラ かすかな希望? 12月3日に、TMCからスクリューコンベア(SC)の実験をしているので見に来ないかと連絡があった。場所はカレー市のすぐ南東の発進縦抗が構築される予定のサンガット近郊である。TMCに会う最初で最後のチャンスと出かけたが、応札参加者の一人として、公平感を出すために呼ばれたのであって、我々は明らかに邪魔者扱いであった。 ただ何人かのTMC要員がMCSの話をしているのを聞いて、「伝わっている」と認識し、思い切って実験責任者に話しかけた。彼は「この実験でわかったが、今までのSCでは海峡下のチョーク層の... ...続きを見る

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2017/05/08 14:46
ホッと空の物語-23 海峡のモグラ‐逆転の新技術MCS
ホッと空の物語-23 海峡のモグラ‐逆転の新技術MCS どんな展開になったとしても、今は新型SCのコンセプト(基本的考え)をしっかり固め、質問に応えられ、効能を説明できるように理論武装することが重要であると考えた。 SCは長くすれば、それに比例して耐水圧性能が上がる。しかし、TBMの寸法を大幅に超えて長くはできない。ここに耐圧の限界がある。そして大気圧下での運転は無駄な動力を使わないために短い方が良い。今回はこれらを切羽の状況に対応してすばやく切り替えなくてはならない。新技術のコンセプトは次のようである。 それぞれ独立した二つの短いスクリュー(S... ...続きを見る

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2017/04/28 14:28
ホッと空の物語-22 海峡のモグラ‐T4も敗色濃厚に
ホッと空の物語-22 海峡のモグラ‐T4も敗色濃厚に 10月31日(金)になって、T1の結果が判然としない中、FCBがT4のオッファはしないと言い出した。どうもTMCより土圧式でのオッファを求められたようである。 新型SCはまだ単なるアイデアの段階である上、土圧式シールドを良く知らないFCBの判断はやむなしと思われた。 なぜこうなったのか? 元の要求は泥水式である、これは先頭を走っていると自信があった。なぜ泥水式は採用されないのか。もしかすると地質を読み間違えているのか? 第一回目のナポレオン時代は大気圧下での人力掘削をしている。サンガット海岸... ...続きを見る

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2017/04/20 10:56
ホッと空の物語-21 海峡のモグラ‐T1の敗退
ホッと空の物語-21 海峡のモグラ‐T1の敗退 受注近し、と打電した翌日の14日に不安な情報がもたらされた。ウルパイン氏よりR.Satoへ電話があって「DHIはニューアイデアのダブリュスクリュー(W/SC)排土の土圧式である、泥水式のFCBは必ずしも安泰では無い」と連絡が入った。 DHIは耐圧性能を上げるため、長いスクリューを直列に2台接続した(W/SC)シールドであった。このアイデアは極めて斬新で既に日本国内では実績があった模様である。 ロビンスは短いスクリュー(短SC)を装備し、後部にピストンポンプ(PP)を接続していた。PPは高圧に... ...続きを見る

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2017/04/11 15:53
ホッと空の物語-20 海峡のモグラ‐北フランスの生活
ホッと空の物語-20 海峡のモグラ‐北フランスの生活 1986年10月5日(日)から長い受注のドラマが始まった。  それを暗示する出来事が出発日に起こった。夕方パリCHD空港に着いたが予定の迎えの人が一向に来ない。各到着便も終わって空港も閑散としてきた。日本航空のスチュワーデスの一人が「どうかしましたか、迎えがいないなら一緒にホテル日航に行きませんか」と誘ってくれたが、強がりから断ってしまった。「大丈夫ですか?」という優しい声が消えたとたん、猛烈な不安と後悔が来た。近くの仏人に電話をかけてもらい、以前泊まったALISONホテルにタクシーを飛ばして... ...続きを見る

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2017/03/28 15:29
ホッと空の物語‐19 海峡のモグラ-仏企業と共に
ホッと空の物語‐19 海峡のモグラ-仏企業と共に 1986年の7月にTBM各社は技術仕様書と見積書を提出した。我陣営は、陸上側、海峡側共にTMCの要求仕様どおり、泥水式で応札した。日本勢の他社は海陸共に新型スクリューコンベア(SC)を採用した土圧式、米国ロビンスもスクリューコンベアの後部に新鋭の耐圧装置を装着した土圧式とのことであった。 TMCによるヒアリングの後、9月になって、最初のTBMとして海側T1の発注を行うと言うことで、再応札となった。FCBは泥水式については変更せず、超長距離の弱点を補う案を提案した。高速施工のために複合型TBMの... ...続きを見る

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2017/03/07 10:19
ホッと空の物語‐18 海峡のモグラ-ドラマのスター達
ホッと空の物語‐18 海峡のモグラ-ドラマのスター達 10月になって、各社の技術評価、質疑応答が始まった。 ドラマが開演した。 出演者は以下の通り。 ...続きを見る

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2017/02/10 13:51
ホッと空の物語‐17 英仏海峡トンネルの構造
ホッと空の物語‐17 英仏海峡トンネルの構造 この地域の地層は地表からホワイトチョーク、グレーチョーク、ブルーチョークと積み重なっている。学校で使う黒板のチョークはここから採った名前で、成分は90%以上が炭酸カルシュムである。古生物の屍骸が集まったものである。これが圧力を受けて岩石化したものが石灰岩、石灰岩が熱変性を受けたものが大理石(マーブル)である。石灰岩はセメントの原料になる。 英仏海峡は英国名はドーバー海峡、仏名はアングロフレンチ海峡または単にラ・マンシュと言う。地層は繋がっていて、海峡は上部のホワイトチョーク層を掻きとった感じで... ...続きを見る

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2017/01/17 14:18
ホッと空の物語-16 いざ英仏海峡へ
ホッと空の物語-16 いざ英仏海峡へ 全国的な地下鉄、上下水道、地下河川、道路建設などの事業を受けてトンネル掘削機の業績は各社ともに急な上昇カーブを描き始め、視線は海外に向き始めた。わが社が最も積極的で1985年にはフランスのFCB社にシールド掘進機の技術供与を行った。そしてリール地下鉄用泥水シールド(Lot8:第8工区)工事を受注し、泥水輸送設備、処理プラントも欧州で設計・製造し、大々的に欧州での展開を始めた。シールド工法は欧州で開発されたが、この時点ではまったく廃れており、しかも最新鋭の密閉式掘削機(泥水、泥土圧)は日本の独断場... ...続きを見る

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2016/12/29 13:58
ホッと空の物語‐15 国産TBMの開発
ホッと空の物語‐15 国産TBMの開発 国産TBMの開発 入社9年目の昭和56年(1981)に、硬岩用のトンネル掘削機(TBM)開発の打診があった。石油ショック後で、新エネルギー財団を中心に、全国に多数の小水力発電所を作ることを目指した。その導水路用トンネル掘削機である。開発資金は国費で直径は1.8〜2.0mφで、岩も土砂も掘れる機械とある。ドイツでTBMの研修を受けてきたと言うことで、対応担当になった。小口径なので掘削したズリを出す新しい装置の開発が必要であると考え、ジェットポンプを使うことにした。たまたま1週間前に発明者が説明に... ...続きを見る

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2016/12/15 13:33
ホッと空の物語-14 新しい家庭
ホッと空の物語-14 新しい家庭 入社してしばらくすると、父が盛んに見合いの話を持ってきた。皆郷里の人であった。遠くの娘をもらうと帰ってこないと心配してのことである。盆、正月やゴールデンウイークに帰省する毎に見合いをさされた。 見合い相手何人目かの妻とは会った時にすぐ決心した。年末に会って、翌年2月には婚約し、5月3日に式を挙げた。昭和50年のことで私が26歳で妻が23歳だった。結婚式は和式で、妻は白無垢、打ち掛け、振袖、ドレス2着と5回のお色直しをした。互いに良く知らないまま一緒になった6月には長女を授かった。 妻は新婚旅... ...続きを見る

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2016/12/07 10:54
ホッと空の物語-13 硬岩TBMとの出会い
ホッと空の物語-13 硬岩TBMとの出会い ビルト社ではTBMを製作している工程を追いながら、輸入後の運転、メンテナンスをスムーズに行うために、研修を受けた。毎日、講義と現場実習である。自身の会社では、TBM事業は開店休業状態だったので、製品への関心はあまりなかったが、彼らの基礎技術には大いに興味があった。ビルト社は規模としては中クラスであるが、技術レベルは非常に高く感じられ、同じトンネル掘削機を設計する立場として、格段の差を思い知らされた。設計思想は極めて合理的であり、部品性能にも大きな差があった。特にエンジンに相当するモーター... ...続きを見る

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2016/12/01 14:27

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